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最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)824号 判決

上告人

菊地吉栄

右訴訟代理人

土屋芳雄

今泉圭二

大河内重男

被上告人

鈴木豊子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人土屋芳雄の上告理由について

一原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人と被上告人との間には、昭和三九年九月二三日頃、上告人が被上告人に対して負担していた旧債務の合計一九六万八〇〇〇円を消費貸借の目的とし、その弁済期を同年一〇月一五日とする準消費貸借契約が成立し、その頃、右契約につき本件公正証書が作成された。

2  被上告人は、右貸金債権を保全するため、上告人所有の建物につき、昭和四〇年四月二三日、本件仮差押をしたが、その後、右建物の所有権が第三者に移転され、かつ、同人に対し、右建物の強制競売が実施され、同四三年九月二四日競落され、同四四年二月七日、民訴法(昭和五四年法律第四号による改正前のもの。以下「旧民訴法」という。)七〇〇条一項第二の規定により本件仮差押の登記が抹消された。

3  更に、被上告人は、昭和五二年八月四日頃、本件公正証書に基づき、上告人に対し、不動産強制競売の申立をし、その頃、強制競売開始決定がされた。

二ところで、被上告人は、上告人が本件貸金債権の時効による消滅を主張したのに対し、本件仮差押及び不動産強制競売の申立による時効中断を主張したところ、原審は、本件仮差押が本差押に移行しないうちに、前記一2のとおりその登記が抹消されたので、民法一五四条の法意に照らし、本件仮差押は時効中断の効力を生じないというべきであるとして、被上告人の右主張を排斥した。

しかしながら、前記認定の事実によれば、本件仮差押の登記は、本件建物が競落されたため、旧民訴法七〇〇条一項第二の規定に基づいて抹消されたというのであり、本件仮差押が、被上告人の請求によつて取り消されたのでないのはもとより、被上告人が法律の規定に従わなかつたことによつて取り消されたものでもなく、本件仮差押の登記の抹消をもつて、民法一五四条所定の事由があつたものとはいえないと解するのが相当である。したがつて、本件仮差押による時効中断の効力は、右仮差押の登記が抹消された時まで続いていたものというべく、その後、被上告人が、昭和五二年八月四日頃、上告人に対し、不動産強制競売の申立をしたことは前示のとおりであり、また、本訴において、上告人が本件債権の不存在確認を請求しているのに対し、被上告人がその請求棄却を求めて争つていることが本件訴訟の経過上明らかであるから、本件債権の消滅時効は、いまだ完成していないものというべきである。そうすると、上告人の消滅時効の主張を排斥した原審の判断は、結論において正当として是認することができる。論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない事項を論難するに帰し、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(牧圭次 木下忠良 鹽野宜慶 宮﨑梧一 大橋進)

上告代理人土屋芳雄の上告理由

一、原判決には判決に影響を及ぼすべき法令違反が存するので破棄を免れないものである。

二、すなわち原判決は、上告人が被上告人の上告人に対する債権につき、再抗弁として右債権の弁済期たる昭和三九年一〇月一五日から一〇年経過したことを理由に右債権の消滅時効を援用したのに対し、「上告人が昭和五三年一月二〇日被上告人に対し和解契約が成立しているとし、その履行として金五〇万円を弁済供託し被上告人は右供託につき還付を受けて元金に充当した」旨認定し、右弁済供託によつて上告人は信義則上、消滅時効の援用をすることができなくなつたものであり、被上告人の再々抗弁が理由があり上告人の再抗弁は遡つて理由がなく、失当であると判示し、御庁昭和四一年四月二〇日大法廷判決民集二〇巻四号七〇二頁を引用する。

三、しかしながら右五〇万円の弁済は、上告人が全額弁済の趣旨ですなわち残余の債務の不存在を主張しその旨供託書に明示してなしたものである(甲第四号証)。

原判決引用の御庁判例は消滅時効完成後における債務の承認をなした場合はその後当該時効を信義則上援用し得ないとなすものである。

上告人は右五〇万円の弁済供託によつて残債務を承認したものでも、承認を推認し得る場合でもないのであり、前記判例の事案と本件とは異るものである。

しかるに原判決は上告人が五〇万円を弁済供託し被上告人がこれを元本の弁済に充当したとの事実に対し前記判例による信義則を適用して前記のとおり判示するものである。

四、原判決は、上告人の債務承認の事実が存しないのに右信義則を適用し得るとしたものであり、信義則の解釈に誤りが存し、また弁済供託によつて上告人の債務承認ありとして右信義則を適用したのであれば、信義則の適用に誤りが存したことになる。

右信義則の適用違反は判決に影響を及ぼすこと明らかであり、従つて原判決は法令違反を犯すものとして破棄を免れないものである。

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